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東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)113号 判決

原告

三菱瓦斯化学株式会社

被告

特許庁長官

右当事者間の昭和61年(行ケ)第113号審決(特許出願拒絶査定不服審判の審決)取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

特許庁が、昭和61年2月20日、同庁昭和58年審判第24769号事件についてした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨の判決

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和53年8月4日、名称を「酸素吸収剤」(後に「酸素吸収剤の製法」と補正)とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和53年特許願第95180号)をし、右出願は昭和57年7月5日公告(特公昭57―31449号)されたが、これに対し東亜合成化学工業株式会社から特許異議の申立てがなされ、特許庁は、昭和58年10月18日、右特許異議の申立ては理由があるものとする決定と同時に拒絶査定をした。そこで、原告は、同年12月16日、これを不服として審判を請求し、特許庁は、これを昭和58年審判第24769号事件として審理したうえ、昭和61年2月20日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は、同年4月21日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

金属粉(A)とハロゲン化金属水溶液を含浸させたフイラー(B)とを、包装前にあらかじめ接触させることなく、1つの通気性包材に一緒に包装することを特徴とする(A)と(B)とからなる酸素吸収剤の製法。

3  本件審決理由の要点

本願発明の要旨は前項記載のとおり(明細書の特許請求の範囲の記載と同じ。)と認められ、明細書の記載によれば、その金属粉としては鉄粉等を用い、また、フイラーとしては活性炭、活性白土等を用いるものと認められる。これに対して、原査定の拒絶理由である東亜合成化学工業株式会社の特許異議の申立てについての特許異議の決定の理由に引用された昭和52年特許願第76636号の願書に最初に添附した明細書及び図面(以下「引用例」という。)には、A鉄粉等の金属粉、B水及びC活性炭、活性白土等の1種又はそれ以上とハロゲン化金属等からなる酸素吸収剤組成物について記載され、また、これを調整する態様の1つとして、「A成分単独とB成分及びC成分との混合物を別々に通気性材料に分離して収容し、使用時に混合させて吸収させる等が考えられ、これは長期保存の際有利である。」旨説明されている。

そこで、本願発明をこの技術と対比すると、本願発明でいう金属粉(A)はこの技術のA成分に相当し、また、本願発明でいうハロゲン化金属水溶液を含浸させたフイラー(B)はこの技術のB成分とC成分との混合物に相当している。そして、本願発明では、それらを「包装前にあらかじめ接触させることなく、1つの通気性包材に一緒に包装する」ものであるが、引用例においても、前述のとおり、それら成分を「~通気性材料に分離して収容し、使用時に混合させて吸収させる等~」と説明されており、本願発明でいうそのような態様も実質上これに含まれているものと認められる。してみれば、本願発明は引用例に記載された発明と同一のものというほかはない。そして、引用例記載の発明は本願発明の特許出願前である昭和52年6月29日に特許出願され、本願発明の特許出願後である昭和54年1月26日に特開昭54―11089号公開特許公報により出願公開されたものであり、また、本願発明の発明者が引用例記載の発明の発明者と同一であるとも、本願発明の出願人がその出願時において引用例記載の発明の出願人と同一であつたものとも認められない。

したがつて、本願発明は特許法第29条の2の規定により特許を受けることができない。

4  本件審決を取り消すべき事由

本願発明が金属粉(A)としては鉄粉等を用い、フイラー(B)としては活性炭、活性白土等を用いるものであること、引用例に本件審決摘示のとおりの酸素吸収剤組成物及び右酸素吸収剤組成物を調整する一態様についての説明が記載されていること、並びに本願発明にいう金属粉(A)、ハロゲン化金属水溶液を含浸させたフイラー(B)が引用例記載のA成分、B成分とC成分との混合物にそれぞれ相当すること(以下、本願発明の金属粉(A)と引用例記載のA成分を、いずれも「(A)成分」、本願発明のハロゲン化金属水溶液を含浸されたフイラー(B)と引用例記載のB成分とC成分との混合物を、いずれも「(B)成分」という。)は認めるが、本件審決は、本件審決摘示の引用例記載の発明(引用箇所の実質的技術内容)の認定を誤つた結果、本願発明は引用例に記載された発明と同一であるとの誤つた結論を導いたものであつて、違法として取り消されるべきである。すなわち、

(一) 本願発明の特徴

本願発明は、(A)成分と(B)成分とを、包装前にあらかじめ接触させることなく、1つの通気性包材に一緒に包装することを特徴とする酸素吸収剤の製法に関する発明であつて、各成分を通気性包材に包装する製造工程において、初めて(A)成分と(B)成分とを一緒に接触させることによつて、従来では達し得なかつた酸素吸収能力を失活させることなく酸素吸収剤を製造することに成功したものである。右に「包装」とは、メーカーによつて酸素吸収剤の各成分を通気性包材に収納することをいい、この時点で本願発明に係る酸素吸収剤の製造は完成するのである。なお、このようにして包装された酸素吸収剤は、そのままでは大気中の酸素を直ちに吸収して失活してしまうので、ガスバリヤー性の袋等に密封して保管流通され、使用段階においてユーザーが右袋等から酸素吸収剤を取り出して食品等と一緒に密封して使用することになるのであつて、このことは、本願発明の出願公告された明細書では省略されているが、出願当初の明細書においては説明を加えていたことであり、しかも、引用例の本件審決摘示部分の直前の記載やその実施例1の記載からも窺い知ることができるように、本願発明の特許出願前当業者にとつて周知の事項である。このように、本願発明は、被告主張のように、(A)成分と(B)成分とからなる酸素吸収剤を製造するにあたつて、(A)成分と(B)成分とを混合すると直ちに酸素吸収反応が始まつて酸素吸収能が失活してしまうから、これを避けるためには包装材へのパツキング(包装)までは(A)成分と(B)成分とを接触させてはならないということを主たる特徴とするものではなく、酸素吸収剤の製品化にあたり、従来法がパツキングする前に既に両成分を混合している(この時点で酸素吸収が始まつている)ことに基づく欠点を改善した、特にパツキング技術に関するものであつて、被告主張の右知見のもとにパツキング時に両成分が初めて混合するように1つの通気性材料に一緒に包装する点を特徴とするものである。また、被告は、本願発明の明細書には、本願発明の実施例には、(A)成分と(B)成分とを通気性包材に充填して直ちに使用するものしか記載されていない旨主張するが、実施例は、右の酸素吸収剤の性能の単なる試験結果を記載するものであることから、酸素吸収剤製造後の保管等に関する記載を省略したにすぎず、また、前記のとおり、酸素吸収剤をガスバリヤー性の袋に使用時まで保管することは周知の事項であつたから、本願発明における製造後の酸素吸収剤保管に関する被告の主張は失当である。

(二) 本件審決摘示の引用例記載の発明(引用箇所の実質的技術内容)の認定の誤り

引用例記載の「………通気性材料に分離して収容し、使用時に混合させて吸収させる等………」という表現の意味する内容についての本件審決の認定は、後段の「使用時に混合させ」る点のみを強調し、結果的に本願発明の「包装前にあらかじめ接触させることなく、1つの通気性包材に一緒に包装する」態様も実質上それに含まれるとしているものとみられるが、引用例の右記載は、1つの通気性材料に収容する場合であつても、別々に混合しないように分離して(区切つて)収容するものと解するのが合理的であるから、「1つの通気性材料に一緒に包装する(当然混合する)」ことはあり得ない。したがつて、かかる本件審決の認定は誤りというべきである。引用例の本件審決摘示部分の記載は、単に(A)成分と(B)成分とを接触させないで分離して保管しておけば、失活することなく長期間保存が可能であるとか、分離しておけば、通気性材料中に収容しておいても(すなわち、酸素との接触状態にあつても)長期に保存が可能であるという結果だけを漠然と示しているのではなく、字句どおり具体的に(A)成分と(B)成分とを「通気性材料に分離して収容」すること、すなわち、1つの通気性材料に(A)成分と(B)成分とが混合しないように仕切るなりして包装することを明確に示しているのである。ただ分離して保管しておけばよいという観念的、抽象的なことだけのためであれば、わざわざ(A)成分と(B)成分とを「通気性材料」に分離して「収容」する方法をとるはずはないのであつて、被告のように引用例の右記載を単なる長期間保存の可能性を示したものと解釈することはできない。なお、右被告の解釈は、引用例の本件審決摘示部分の直前の記載を参照しても正当化されるものではない。

(三) 同一性判断の誤り

前記(1)及び(2)記載のとおり、本願発明では、(A)成分と(B)成分とを混合しつつ収容(包装)するのに対し、本件審決摘示の引用例記載の発明では、(A)成分と(B)成分とを分離して収容(包装)し、酸素吸収剤の使用段階で初めて接触混合するのであるから、両者は、原料及び目的物の組成は同じであつても、その製造方法、すなわち通気性材料への収容(包装)の仕方が全く異なるものである。これを敷えんするに、一般的な酸素吸収剤の製造から使用に至る工程は、①酸素吸収剤の原料成分の調製、②調製した原料成分を別々に又は混合して保管、③調製した原料成分を通気性の包装材料に充てん・包装(酸素吸収剤の完成)、④酸素吸収剤を保管するために非通気性の包装容器内に封入、⑤封入した酸素吸収剤の保管、⑥非通気性の包装容器内から酸素吸収剤を取り出し、これを食品等の被保存物品と共に非通気性容器内に密封(酸素吸収剤の使用)、⑦非通気性の包装容器内の脱酸素状態での食品その他の被保存物品の保存、の7工程にわけることができ、本願発明のフイラーにハロゲン化金属水溶液を含浸させる工程は右①の工程を示し、(A)成分と(B)成分を接触させることなく保管する工程は右②の工程にあたり、更に、1つの通気性包材に一緒に包装する工程は右③の工程を示しているのである。他方、本件審決摘示の引用例記載の発明において、(A)成分と(B)成分とを別々に通気性材料に分離して収容する工程は右③の工程に近いが、別々に包装するか、仕切つて包装するかで実質は右②の工程と同じことであり、使用時に混合させて吸収させるという工程は、右⑥の工程にあたるといえる(なお、④及び⑤の工程は、必須の工程ではないであろう。)。したがつて、本願発明では、(A)成分と(B)成分との接触は前記③の工程で行われるのに対し、本件審決摘示の引用例記載の発明は前記⑥の工程で初めて(A)成分と(B)成分とを接触・混合させて使用しているのであるから、両者の製造方法は明らかに異なる。そして、本件審決摘示の引用例記載の発明において、「長期保存の際有利である」というのも、(A)成分と(B)成分とが接触しないようにしたから反応しないというだけのことであつて、本願発明においても、③の工程で接触させた後、④及び⑤の工程で非通気性容器内に保存するから、酸素が遮断されるため実用上の能力低下はなく、この点の効果が異なるわけではない。かえつて、本件審決摘示の引用例記載の発明の方法こそ、使用時にその都度(A)成分と(B)成分とを混合しなければならないという不便があるのである。このように、本願発明と本件審決摘示の引用例記載の発明との違いは明白であるが、このことは、更に、両者の態様、特にその効果を比較すれば一層明確になる。すなわち、(A)成分と(B)成分とを1つの通気性包材に一緒に包装し、一定時間ガスバリヤー性袋に保管したもの(本願発明に係るものの使用時の状態に相当)と、(A)成分と(B)成分との混合包装直後のもの(本件審決摘示の引用例記載の発明に係るものの使用時の状態に相当)とを比較してみると、混合包装後一定時間経過したものの方がはるかに酸素吸収速度も吸収量も多くなるという結果が出ているのである(甲第9号証参照)。

被告は、本願発明の(A)成分と(B)成分とを「包装前にあらかじめ接触することなく」ということは本件審決摘示の引用例の(A)成分と(B)成分とを「別々に分離して収容する」ことに相当し、本願発明の(A)成分と(B)成分とを「1つの通気性包材に一緒に包装する」ことは本件審決摘示の引用例の(A)成分と(B)成分とを「使用時に混合させる」ことの1つの態様として含まれる旨主張する。しかしながら、本願発明にいう(A)成分と(B)成分とを「包装前にあらかじめ接触することなく」ということは、字句どおり、収容(包装)前の状態を示しているのであり、収容(包装)工程をも指しているわけではない。もし、収容(包装)工程までも含めて対比するのであれば、本願発明の(A)成分と(B)成分とを「1つの通気性包材に一緒に包装する」ことと本件審決摘示の引用例の(A)成分と(B)成分とを「別々に通気性材料に分離して収容する」こととを対比すべきであつて、そのように対比すると、本件審決摘示の引用例の記載は、(A)成分と(B)成分とを一つの通気性材料に収容する場合であつても、別々に混合しないように分離して収容することを意味するのであるから、「1つの通気性材料に一緒に包装する(当然混合する)」ことはあり得ないのであつて、引用例記載の通気性材料に収容する態様と本願発明の通気性包材に包装する態様との差異は明白である。また、本件審決摘示の引用例の(A)成分と(B)成分とを「使用時に混合させて吸収させる」とは、明らかにユーザーによる使用段階において、(A)成分と(B)成分とを混合させて酸素吸収させることを述べているのであつて、右に「使用」とは、あくまで食品等の袋に酸素吸収剤(通常通気性包材に「包装」されているもの)を入れて実際に酸素吸収を行わせることを指すものとして一貫して用いられており(例えば、引用例のこの本件審決摘示部分の直前の記載でもそのような意味で使われており、そのほか引用例の第3頁左下欄第7行ないし第10行、第17行ないし第19行での用法も同じ)、包装すること自体はこの場合の「使用」ではない。これに対し、本願発明の方法は、通気性包材中で既に接触混合しているのであるから、あえてユーザーによる使用段階で酸素吸収反応を起こさせるために(A)成分と(B)成分とを混合することはあり得ず、その必要もないのであつて、本願発明の(A)成分と(B)成分とを「1つの通気性包材に一緒に包装する」ことが本件審決摘示の引用例の(A)成分と(B)成分とを「使用時に混合させる」ことの1つの態様として含まれることはない。したがつて、被告の右の主張はいずれも失当である。また、本願発明と本件審決摘示の引用例記載の発明を比べると、引用例記載の「長期保存の際有利である」というのも、通気性材料中で(A)成分と(B)成分とが接触しないから反応しないだけのことであつて、この長期保存の際有利な目的のためだけならば、通気性材料に収容する必要ないのに対し、本願発明では通気性包材中で(A)成分と(B)成分とは接触混合されるが、当然この通気性包材は非通気性容器内に保存されるのであり、酸素が遮断されるため実用上の能力低下はなく、かえつて、本件審決摘示の引用例記載の発明の方こそ、使用時にその都度(A)成分と(B)成分とを混合しなければならないという不便があるのであつて、両発明の目的及び効果に差異がないという被告の主張は失当である。

二  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。

2  同4の主張は争う。本件審決の認定判断は正当であつて、原告が主張するような違法の点はない。

本願発明の要旨は明細書の特許請求の範囲に記載のとおりの酸素吸収剤の製法にあるが、特に明細書の発明の詳細な説明の欄の「本発明者らは食品からの湿分蒸散性とは関係なく速い酸素吸収速度を有する酸素吸収剤組成物を得るべく種々検討した。しかしながらかゝる性能を有する組成物は、成分を混合するとすぐに酸素吸収反応が進行し、包材へのパツキングの段階までの間にかなりの性能が失なわれるという欠点がある。そしてこれを防止するためには窒素置換等の特殊な方法を採用しなければならない。本発明はこれらの欠点を克服したものであり、………この製法によれば酸素吸収機能を有する成分(A)とハロゲン化金属水溶液含浸フイラー(B)とは別途調合され、パツキングの段階ではじめて接触するので特殊な方法を採らなくても酸素吸収性能の失墜はほとんど皆無になる。」(甲第3号証第2頁左欄第17行ないし第38行)という記載からみて、本願発明は、(A)成分と(B)成分とからなる酸素吸収剤を製造するに当たつて、(A)成分と(B)成分とを混合すると直ちに酸素吸収反応が始まつて酸素吸収能が失活してしまうから、これを避けるためには包装材へのパツキング(包装)までは(A)成分と(B)成分とを接触させてはならないということを主たる特徴としているものである。他方、引用例の記載事項についての本件審決の指摘部分である「A成分単独とB成分およびC成分との混合物を別々に通気性材料に分離して収容し、使用時に混合させて吸収させる等が考えられ、これは長期保存の際有利である。」という記載は、(A)成分と(B)成分とを接触させないで分離して保管しておけば、失活することなく長期保存が可能であるということを示している。このことは、引用例の全体の記載からみても明らかである。すなわち、引用例記載の発明の特徴は、酸素吸収剤を構成するにあたつて、(A)成分単独では酸素吸収速度が遅すぎるので、(A)成分に(B)成分を併せて用いることによつて十分な酸素吸収能を得ようとする点にある(引用例の第519頁左上欄第7行ないし第13行参照)が、(A)成分と(B)成分とを混合したものは、直ちに酸素吸収反応を開始して失活するおそれがあることは自明であるから、引用例の前記本件審決摘示部分の前では、酸素吸収剤組成物(すなわち、(A)成分と(B)成分とを混合した失活のおそれのあるもの)は、一般的には酸素不透過性包装容器中に不活性ガスを封入する等して酸素との接触を断つておき、使用時に初めて酸素と接触させなければならないということが記載されているのであり(引用例第519頁右上第12行ないし第17行)、これとは対照的に、本件審決摘示部分には、(A)成分と(B)成分とを別々に分離しておけば、通気性材料中に収容しておいても(すなわち、酸素との接触状態にあつても)長期に保存することが可能であること、換言すれば、酸素吸収能を失活させないためには、(A)成分と(B)成分とを別々に分離しておかなければならないということが明瞭に示されているのである。なお、引用例記載の「通気性材料に………収容し」の「通気性材料」とは、その前の文章との対比からみて、(A)成分と(B)成分とを別々にしておきさえすれば通気性材料中で酸素と接触する状態にあつても失活することなく保存し得ることを示すにとどまり、「収容」とは、(A)成分も(B)成分もいずれも粉体であるから、何らかの容器中に収容しない限り保管取扱いが困難であるという程度のことを意味するにすぎない。また、この通気性材料中に別々に分離して収容しておく態様としては、1つの通気性材料中に、例えば仕切りなどで区切つて収容することも、あるいは2つの通気性材料中に各々収容することも、いずれも適宜であるが、要は、(A)成分と(B)成分とが別々に分離されて接触しない状態であることが肝要である。

そうしてみれば、本願発明の(A)成分と(B)成分とを「包装前にあらかじめ接触させることなく」ということは、(A)成分と(B)成分とを別々に分離しておくことに主眼があるのであるから、本件審決摘示の引用例記載の発明における(A)成分と(B)成分とを「別々に通気性材料に分離して収容し」ということに相当し、また、本件審決摘示の引用例記載の発明に係る酸素吸収剤は、それ自体では粉体であるので、食品の袋とか缶等に入れて使用するに当たつては、食品の汚染を避け、取り扱いやすくするために通気性の袋(包材)中に包装して用いるのが常套であるから、右発明における「使用時に混合させて」とは、(A)成分と(B)成分とを一つの通気性の袋に一緒にすることであつて、本願発明の「通気性包材に一緒に包装する」に相当するものといえる。

以上のことからして本願発明の(A)成分と(B)成分とを「包装前にあらかじめ接触させることなく、1つの通気性包材に一緒に包装すること」と本件審決摘示の引用例記載の発明における(A)成分と(B)成分とを「別々に通気性材料に分離して収容し、使用時に混合させる」ことが実質的に同一であることは明らかであり、かつ、本願発明の目的、効果も引用例に示されたところのものであることは明らかである。原告は、引用例の本件審決摘示部分は「1つの通気性材料に収容する場合であつても、別々に混合しないように区切つて収容するもの」と解するのが合理的であるから、引用例記載の発明において、本願発明のように1つの通気性包材に一緒に包装することはあり得ない旨主張するが、前記のとおり、引用例の「使用時に混合する」ことが本願発明の「1つの通気性包材に一緒に包装すること」に相当するものであるから、引用例の「通気性材料に収容する」ことと本願発明の「通気性包材に包装すること」とが対応するという前提に立つ原告の主張は妥当とはいえない。また、原告は、本願発明における「包装」は、酸素吸収剤のメーカーによつて(A)成分と(B)成分とを通気性袋に収納することをいい、その後はユーザーによる使用段階までガスバリヤー性の袋に密封して保管するものであるから、使用段階で(A)成分と(B)成分とを混合するようなユーザーによる使用段階のことが、本願発明のメーカーによる「包装」と対応することはあり得ない旨主張するが、本願発明では、(A)成分と(B)成分とを通気性包材に包装して直ちに酸素吸収に使用するものが実施例として記載されているし、また、酸素吸収剤においては、製造後直ちに使用する場合もガスバリヤー性の袋に密封する場合も、いずれも周知の態様であり、しかも、本願発明の明細書の特許請求の範囲中にも発明の詳細な説明中にも、その使用の態様が特定されて記載されている訳ではない。したがつて、本願発明においては、メーカーで通気性包材に包装した後、必ずガスバリヤー性の袋に密封して使用まで保管するものであるから、メーカーによる「包装」が「使用段階」と対応するはずがないという原告の右主張は、失当である。更に、原告は、引用例記載の発明における「収容」が本願発明の「包装」に相当するとの前提に立つて、本願発明にいう(A)成分と(B)成分とを「包装前にあらかじめ接触させることなく」ということは、字句のとおり、収容(包装)前の状態を示しているのであり、収容(包装)工程をも指しているわけではない旨主張するが、前述のとおり、引用例記載の発明における「A成分単独とB成分およびC成分との混合物を別々に通気性材料に分離して収容し」、「使用時に混合させ」が、本願発明の「金属粉(A)とハロゲン化金属水溶液を含浸させたフイラー(B)とを、包装前にあらかじめ接触させることなく」、「1つの通気性包材に一緒に包装する」ことにそれぞれ対応するものであるから、原告のかかる前提に基づく主張は、妥当とはいえない。

第三証拠関係

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いのないところである。

二  取消事由に対する判断

1  前示本願発明の要旨に成立に争いのない甲第3号証(本願発明の特許公報)によれば、本願発明は、金属粉(A)((A)成分)とハロゲン化金属水溶液を含浸させたフイラー(B)((B)成分)とからなる酸素吸収剤の製法に関する発明であつて、従来から、カビの発生や腐敗を防止して食品を保存する手段の1つとして、食品を梱包する雰囲気中より酸素を選択的に除去する酸素吸収剤を用いる方法があり、それに用いる酸素吸収剤には、特殊な方法で水素処理をすることによつて得られる非常に活性の高い鉄粉をカーボンと共にピル状にし、ドライフードを入れた容器内の酸素を吸収させる方法や、本願発明の発明者らが提案した金属粉の表面に均一にハロゲン化金属塩を付着させ、かつ、水分含量を一定以下にした食品と共に密封容器内に放置した際、食品から蒸散してくる湿分を取り入れて酸素を吸収するタイプの酸素吸収剤があつたが、前者の活性の高い鉄粉には発火の危険性があつて実用性に乏しく、後者の酸素吸収剤は種々の利点を有する反面、食品からの湿分の蒸散性が反応に大きな影響を及ぼすため、湿分の蒸散性の悪い食品に適用した場合、酸素吸収速度が遅くなるという欠点があることから、また、食品からの湿分の蒸散性とは関係なく速い酸素吸収速度を有する酸素吸収剤組成物は、成分を混合するとすぐに酸素吸収反応が進行し、包材へのパツキング(包装)の段階までの間にかなりの性能が失われるという欠点があつたことから、本願発明は、これらの欠点を克服することを技術的課題とし、製造時に酸素吸収性能を失墜させることなしに、かつ、食品の湿分の蒸散性とは関係なく、速い酸素吸収速度を有する物質からなる酸素吸収剤を提供することを目的として、本願発明の要旨のとおりの構成を採用したものであること、本願発明の構成中「包装前にあらかじめ接触することなく、1つの通気性包材に一緒に包装する」とは、(A)成分と(B)成分との混合により生ずる酸素吸収能の失墜を防止するために、両成分をあらかじめ混合することなく、1つの通気性包材に一緒に包装する段階で初めて酸素吸収反応を開始し得るように両成分を接触混合させることを意味するものであること、右通気性包材に包装したものが食品等の保存に用いる使用時の形態であること、及び本願発明は、右構成を採用したことにより従来の酸素吸収剤のもつ前記諸欠点を解消することができ、所期の作用効果を奏し得たものと認められる。なお、本願発明の明細書には、本願発明の製法によつて製造した酸素吸収剤を使用時まで酸素不透過性の袋(例えばガスバリヤー性の袋)に入れて保管する旨の記載はないが、前認定説示のとおり、本願発明の酸素吸収剤の組成物である(A)成分と(B)成分とは通気性包材中で接触した状態となつているのであるから、そのままの状態で放置すれば空気中の酸素を吸収して失活してしまうことは明らかである。したがつて、本願発明において、酸素吸収剤を製造後直ちに、酸素不透過性の袋(例えばガスバリヤー性の袋)に密封する等して酸素吸収反応が進まないように措置を講ずることは自明の事項であると解され、このことは、後記3において引用する甲第4号証の第11頁第7行ないし第13行の記載によつても裏付けることができる。

2  他方、引用例には本件審決認定のとおりの酸素吸収剤組成物が記載されており、右組成物を調整する態様の1つとして「A成分単独とB成分およびC成分との混合物を別々に通気性材料に分離して収容し、使用時に混合させて吸収させる等が考えられ、これは長期保存の際有利である。」旨説明されていること、及び本願発明にいう金属粉(A)とハロゲン化金属水溶液を含浸させたフイラー(B)がそれぞれ引用例記載のA成分、B成分及びC成分との混合物にそれぞれ相当することは当事者間に争いがないところである。

3  ところで、本件審決は、本願発明の「包装前にあらかじめ接触させることなく、1つの通気性包材に一緒に包装する」という態様も引用例の「~通気性材料に分離して収容し、使用時に混合させて吸収させる等~」という態様に実質上含まれる旨認定判断しているところ、原告は、右の点を争うので検討するに、成立に争いのない甲第4号証(昭和52年特許願第76636号の願書並びに添附の明細書及び図面)によれば、引用例の発明の詳細な説明の欄には、前示本件審決摘示の説明の直前に「本発明酸素吸収剤組成物は、その製品形態として種々考えられるが一般的にはアルミ箔、金属容器のような酸素不透過性の包装容器中に真空パツクするかまたは窒素、アルゴン等の不活性ガスを封入しておき、使用時にこれを適宜開封して目的の容器(例えば食品包装中)に入れ、空気(酸素)と接触させ酸素吸収を行なわせる。」(同号証の明細書第11頁第7行ないし第13行)との記載が、また、実施例1に「A 酸素吸収剤組成物の調整」と題して、「窒素ガス雰囲気中で………粉末活性炭1gおよび塩化ナトリウム0.5gに1mlの水を均一に含浸させ、これを………還元鉄1gと均一に混合する。この混合物を通気性のよいポリプロピレン不織布製の袋に入れ、熱シールして封入したのち、この酸素吸収剤収容袋をポリエチレン/Al製のラミネートフイルムよりなる外装袋に入れ密閉する。」(同第14頁第2行ないし第9行)との記載があることが認められ、これらの記載を斟酌すると、本件審決摘示の説明中「A成分とB成分およびC成分との混合物」、すなわち、(A)成分と(B)成分とを「別々に通気性材料に分離して収容し」とは、その直前に記載された製品形態が(A)成分と(B)成分とをあらかじめ混合して調整した酸素吸収剤組成物を通気性の袋に入れたものであるのとは異なり、(A)成分と(B)成分とをあらかじめ混合することなく、しかも、右両成分が通気性材料中で接触して酸素吸収反応を起こすことがないように分離して、具体的には、1つの通気性材料中に仕切りなどで区切つて(A)成分と(B)成分とを収容する等して調整した製品形態を指すものと認められ、また、右説明中「使用時に混合させて吸収させる」とは、「使用時」、すなわち、右形態の酸素吸収剤を食品等の被保存物と共に非通気性容器に入れるに際し、通気性材料中に分離して収容された(A)成分と(B)成分とを混合し、接触させて酸素吸収反応を起こさせることを意味するものと認められる。これに対し、本願発明においては、前認定説示のとおり、(A)成分と(B)成分とを包装前にあらかじめ接触させることなく、両成分が1つの通気性包材に収容される際に初めて接触するようにして包装することにより、両者が混合し直ちに酸素吸収反応を起こし得る状態にするものであつて、本願発明と本件審決摘示の引用例記載の発明に係る酸素吸収剤の製品形態、したがつて、その製法が異なることは明らかであり、両発明を同一のものと認めることはできない。

4  このように、本願発明は、単に酸素吸収反応の開始による酸素吸収能の失活を避けるため、通気性包材へ包装する以前の段階まで(A)、(B)両成分を接触させないことを特徴とするものではなく、通気性包材へ包装する段階において、それまで別々に保管されていた両成分を接触混合させて酸素吸収剤の製造を完成させることを特徴とするものであるのに対し(この完成した酸素吸収剤を酸素不透過性の袋に密封して酸素吸収能を保持させるものであることは前記のとおりである)、引用例記載の発明においては、右の酸素吸収能の失活を避けるため、通気性包材へ包装する段階においても、(A)、(B)両成分を接触混合させない状態で保管し、酸素吸収用に使用する段階において始めて両成分を接触混合させるものであるから、被告主張のように本願発明の「包装前にあらかじめ接触させることなく」の構成を引用例記載の発明の「別々に通気性材料に分離して収容し」と対比し、また、前者の「1つの通気性包材に一緒に包装する」構成と後者の「使用時に混合させて吸収する」構成を対比することは相当でなく、これを前提として同一性を論ずる被告の主張は採用することができない。

5  以上のとおり、本件審決摘示の引用例記載の発明の態様と本願発明の態様が異なるにもかかわらず、前者に後者が実質上含まれると認定し、本願発明は引用例に記載された発明と同一であるとした本件審決の判断は誤りであるといわざるを得ないのであり、この誤りが本件審決の結論に影響を及ぼすものであることは明らかである。

三  以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消しを求める原告の請求は理由があるものということができる。よつて、これを認容することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 川島貴志郎 裁判官 小野洋一)

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